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大阪地方裁判所 昭和36年(行)31号 判決 1966年4月22日

控訴大阪市大正区千島町六五番地

原告

南北木材株式会社

右代表者代表取締役

西野久雄

右訴訟代理人弁護士

川根洋三

右訴訟復代理人弁護士

新原一世

大阪市港区桂町一丁目一五番地

被告

港税務署長

沖田博

右指定代理人

樋口哲夫

戸上昌則

草野功一

徳沢勲

山西偉也

間所信之

右当事者間の法人税等更正決定取消訴訟事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

西税務署長が原告に対し昭和三四年一〇月三一日付でした、原告の昭和三三年四月一日から昭和三四年三月三一日までの事業年度についての法人税等の更正処分のうち、所得金額一。二八三。四八〇円を超える部分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三四年六月一日、当時の管轄税務署の西税署長に対し、原告の昭和三三年四月一日から昭和三四年三月三一日までの事業年度(以下係争年度という。)の所得金額を一、一八二、一一〇円として確定申告をした。これに対し、西税務署長は、昭和三四年一〇月三一日原告の係争年度の所得金額を五、六〇三、四八〇円とする更正処分をし、その通知書は同年一一月二日原告に到達した。

右更正処分(以下本件更正処分という。)に表示された所得金額の内訳は次のとおりである。

1  一、一八二、一一〇円 原告の申告した所得金額

2  一〇一、三七〇円 原告の買掛金値引につき計上ずれがあつたため、申告から漏れた所得と認定された金額

3  四、三二〇、〇〇〇円 原告所有の山林譲渡による益金として、原告の所得と認定された金額

原告は、同月三〇日西税務署長に対し、本件更正処分に対する再調査の請求をしたが、西税務署長が三ケ月以内にこれに対する決定をしなかつたので、右請求は大阪国税局長に対する審査請求とみなされ、大阪国税局長は、昭和三六年一月九日右審査請求を棄却する旨の決定をした。原告はその決定通知書を同月一〇日受領した。

二、本件更正処分のうち、山林譲渡による益金所得を認定した部分は違法である。

1  係争年度の終了日たる昭和三四年三月三一日現在において、原告の会計帳簿上の借方(資産)勘定に山林一、〇一六、五〇〇円が記載されていた。原告は、これとその見合勘定である貸方(負債)勘定に記載の原告の代表者である訴外西野久雄(以下単に西野という。)からの借入金一、〇一六、五〇〇円とを帳簿上除去して、係争年度の所得の確定申告をした。ところが、西税務署はこの事実を把えて、右帳簿に記載の山林は、大阪府北河内郡四条町大字北条宮谷所在の山林一一歩ほか二六筆、同所雑種地四〇町九反八畝一六歩(以下本件山林という*)であつて、これは原告の所有であり、原告がこれを係争年度中に時価である金五三二万で西野に売却したものと認定し、右時価から帳簿価格一〇〇万円(前記一、〇一六、五〇〇円のうち一六、五〇〇円は撫育費であつて、山林の帳簿価格には含まれない。)を差引いた金四三二万円は、原告の西野に対する未収金であつて原告の資産処分益金であり、原告の係争年度の所得に算入すべきものと認定した。その結果前記のとおりの本件更正処分がなされた。

2  しかし、本件山林は昭和二七年以来西野が訴外青山清治と共有しているものであつて、一度も原告の所有となつたことはなく、したがつて原告がこれを西野に売却するということはありえなし売却していない。すなわち、西野は昭和二七年六月青山清治と共同して本件山林を四〇〇万円で買入れ、各二分の一の持分の登記をし、地上立木を伐採して、そのあとへ苗木を植え現在に至つている。右買入代金は現金及び西野振出の小切手と約束手形で支払つており、伐採した立木の売却代金三七〇万円の収入については、当時西野個人の所得として豊能税務署に申告ずみであつて、本件山林は名実ともに西野と青山清治の共有である。

3  原告の会計帳簿の資産勘定に、山林一、〇一六、五〇〇円が計上されたのは、次の事由によるものである。

原告は、昭和三四年二月二八日西税務署長から、原告の係争年度より前五年間の事業年度の所得申告について、西野個人の営業としてある部分は実質は原告の営業というべきだから、調査時である昭和三三年一一月二五日現在の西野個人の資産(本件山林を含む。)及び負債を原告へ受入れるようにとの指示を受けた。原告は、原告の営業と西野個人の営業とは別個であることをいろい明ろ説明したが、西税務署長はこれを聞入れず、右五年間の事業年度について、西野の営業を原告の営業であると認定して更正処分をした。

そこで、原告の会計係は、やむなく一応西野の営業部分を原告の計算に受入れ、本件山林については資産勘定に一〇〇万円を計上し、その見合として負債勘定に西野からの借入金として一〇〇万円を計上した。その後、西野が支払つた本件山林の植林苗代一六、五〇〇円を撫育費として山林資産勘定に加え、その見合として負債勘定に西野からの借入円として同額を計上した。

4  右のとおり、原告の経理における資産としての山林勘定一、〇一六、五〇〇円及び負債としての借入金勘定一、〇一六、五〇〇円は、架空のものであり、また西野は本件山林を会社資産に繰入れることを承諾しなかつたので、原告は、係争年度の決算に際し、右両勘定を帳簿上除去し会計処理をした。

5  事実関係は以上のとおりである。したがつて、本件更正処分のうち、山林譲渡による益金所得を認定した部分は、次の理由により違法である。

(イ)  本件山林は原告の所有でなく、原告がこれを西野に売却して事実上益金を得たという事実はない。

(ロ)  原告のした前記会計処理は、帳簿上の架空資産と架空負債とを対当額で消除しただけであつて、原告の所得に実質上の変動を生じないから、右会計処理によつて、原告が法人税の負担を不当に減少させたことにはならない。また、これによつて、西税務署長がした係争年度より前五事業年度の更正処分に影響を及ぼすことにもならない。したがつて、西税務署長が原告の名目上の会計処理を把えて資産の変動があつたものと認定し、本件更正処分をしたのは、違法である。

(ハ)  かりに、原告のした会計処理が、西税務署長のした係争年度より前五事業年度についての更正処分との関係上、単なる会計処理としては許容されないものであるとしても、右更正処分は、西税務署長が西野所有の本件山林を原告の所有として扱つただけであつて、これによつて実体上所有権が移転するものではないから、無効の処分である。したがつて、右更正処分の内容を前提とした本件更正処分も無効である。

(ニ)  かりに、係争年度より前五事業年度についての更正処分が無効でなく原告が本件山林を取得したものであるとしても、右更正処分によつて原告の計算に繰入れれた本件山林は税務計算上の資産である。税務計算上の資産と会計計算上の資産とは、観念的には別個である。すなわち原告が前記会計処理を行なつたことにより、本件山林は会計計算上原告の所有でなくなつただけであつて、税務計算上の資産はこれによつて変動しない。したがつて、西野が本件山林を他に売却等処分したときにはじめて、税務計算上原告の資産に変動があつたものとして、その損益を計算すべきものである。単なる会計計算上の処理を把えて、税務計算上資産の変動があつたと認定した本件更正処分は違法である。

三、昭和三八年六月一五日大蔵省令第三三号により、原告の住所地である大阪市大正区を管轄する税務署が、西税務署から港税務署に変更された。よつて原告は被告に対し、西野税務署がした本件更正処分のうち、山林譲渡による益金所得を認定した部分、すなわち所得金額一、二八三、四八〇円を超える部分の取消しを求める。

四、被告の主張に対する反響

被告は、原告が設立時に西野の個人営業を引継いだと主張するが、これは事実に反する。

西野は、戦前から西野商店の名で原木の売買等を行なつてきた。昭和二六年四月、製材業等を行なう目的で原告会社が設立され、西野がその代表取締役となつたが、西野側の持株は三五%にすぎず、また原告の営業と西野の営業とは別個であり、原告会社設立後も西野はその個人営業である西野商店の営業を昭和三二年四月まで続けていた。

また、西野が、原告の昭和二八年四月一日から昭和三三年三月三一日までの五事業年度について西税務署長のした再更正処分を、それが実体関係に合致するものとして承認したことはなく、本件山林等を原告の経理にくみ入れたのも、原告の会計係が一応の整理として西野の承認を得ずにしただけである。

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、認否及び主張として、次のとおり述べた。

一、請求原因一の事実及び二の1の事実は認める。

二、本件更正処分のうち、原告の山林譲渡による益金所得を認定した部分は適法である。その理由は次のとおりである。

1  本件山林は原告の所有であつた。すなわち、原告は、昭和二七年一一月一四日本件山林を前所有者から買受けて所有権を取得した。右売買契約における買受人の名義は西野となつており、所有権移転登記も西野名義でなされているが、これは原告が納税義務を故意に回避する目的で西野個人の名義を用いたにすぎない。原告は、昭和二六年四月五日、木材業並びに山林の経営、伐採、製材及び木工業を行なうことを目的として、資本金一五〇万円で設立され、西野が代表取締役となり、従来西野が個人で経営していた同種営業を引継いだもので、西野が発行済株式総数の七五%を有するいわゆる個人会社である。したがつて、原告会社設立後になされた本件山林の売買契約における実質上の買受人は原告であり、その実質上の所有権取得者は原告である。

2  原告は、昭和二八年四月頃から突然休業と称して、その工場・機械等営業活動に必須の固定資産をその頃発足した訴外南北製材所(その表見責任者である訴外堂本厳は原告の取締役であり、西野の個人経営時代からの使用人である。)に賃貸して原告の事業を継続させ、原告はあたかも本来の事業を休止したかのように装つた。そして、昭和三二年四月一日から原告はその営業を再開したが、これに先立ち休業中にその資本金を倍額の三〇〇万円に増資した。

西税務署長が原告の昭和三二年四月一日から昭和三三年三月三一までの事業年度の法人税について昭和三三年秋調査したところ、原告の帳簿に記載されていない三宅商店、西野商店等架空名義による取引や西野名義の取引と、西野名義や架空名義の当座預金等多数発見した。これらはいずれも原告に帰属するものと認められたので、西税務署長は、更に時効期間内である昭和二八年四月一日までさかのぼつて、同日以後の原告の別口利益の把握につとめた。その調査結果にもとづいて、西税務署長は原告の昭和二八年四月一日から昭和三三年三月三一日までの五事業年度の各々について、原告の簿外資産、簿外負債と認められるものを整理し、各事業年度の別口貸借対照表、別口損益計算書を作成して原告に交付し、最終調査時である昭和三三年一一月二五日現在における簿外資産負債を原告の経理に受入れるよう指示するとともに、右別口貸借対照表、別口損益計算書にもとづいて、昭和三四年二月二八日原告の昭和二八年四月一日から昭和三二年三月三一日までの四事業年度の法人税について再更正処分をし、昭和三二年四月一日から昭和三三年三月三一日までの事業年度の法人税について更正処分をした。

右再更正処分及び更正処分において西税務署長が原告の簿外資産と認定したものの中に、本件山林が含まれている。西野は、原告の代表者として、前記別口貸借対照表及び別口損益計算書の内容を承認して、昭和三四年二月九日これにもとづく追加所得確認書を西税務署長に提出し、本件山林を含む昭和三三年一一月二五日現在の簿外資産を原告の経理に組入れ、(株主総会の承認決議を経た。)右再更正処分及び更正処分に対しては不服申立をしなかつた。

以上の事実に照らしても、本件山林が実質上原告の所有であつたことは明らかである。

3  ところが、原告は、昭和三四年二月二八日本件山林を帳簿価格である一〇〇万円で西野に譲渡し、前記の経緯から一旦原告の資産勘定に計上した山林一〇〇万円と、原告の西野に対する借入金勘定一〇〇万円とを原告の帳簿から消除した。しかし、本件山林の右譲渡日現在の評価額は五三二万円であり、譲渡価格一〇〇万円は不当に低いので、西税務署長は、原告が本件山林を右評価額ある五三二万円で西野に譲渡したものとみなし、これと原告の帳簿上の譲渡価格一〇〇万円との差額四三二万円を原告の西野に対する未収金で原告の資産譲渡益金であると認め、これを係争年度の原告の所得と認定した。

4  以上のとおりあるから、本件更正処分は適法である。

三、昭和三八年六月一五日大蔵省令第三三号により、大阪市大正区を管轄する税務署が、西税務署から港税務署に変更されたことは認める。

証拠として、原告訴訟代理人は、甲第一号証の一、二、第二ないし第四号証、第五号証の一ないし九を提出し、証人平野昌昭、同青山清治、同山田義之、同堂本厳、同安江伍郎の各証言及び原告代表者本人尋問の結果を援用し、乙号各証成立を認めると述べた。

被告定代指理人は、乙第一、二号証の各一ないし三、第三号証の一、二、第四号証の一ないし三、第五号証を提出し、証人柴原昭義の証言を援用し、甲第四号証の原本の存在及び成立は不知、その他の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、西税務署長が、原告の係争年度の法人税に関して、請求原因一記載のとおりの更正処分をしたこと、そのうち山林譲渡による益金所得として金四三二万円の所得の存在を認定した理由が請求原因二、1記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二、被告は、原告が本件山林を昭和二七年一一月一四日前所有者から買受けて所有権を取得したと主張する。しかし、原告と前所有者との間の右売買契約の存在を認めることのできる証拠はなく、かえつて、右売買契約の買受名義人が西野であることは当事者間に争いがなく、その所有権移転登記が西野と青山清治との共有としてなされていることは、被告において明らかに争わないところである。

被告が本件山林の実質上の所有権者は原告であつたと主張する根拠は次の二つである。すなわち、(1)西野は、かつて個人で木材素を営んでいたが、昭和二六年四月五日原告会社を設立し、西野個人の営業を全部原告に引続いで、以後西野個人の営業は廃止したこと、(2)西税務署長が、昭和三三年一一月、原告の昭和二八年四月一日から昭和三三年三月三一日までの五事業年度の所得税に関して調査をし、原告の簿外資産とみるべきものを多数発見し、本件山林も原告の簿外資産と認定して、これらを全部原告に属すべきものとして右五事業年度の所得税について再更正処分及び更正処分をしたが、原告はこれに対して不服申立をせず、右処分の内容どおりの追加所得確認書を提出したこと、並びに、西税務署長が本件山林をも含めて昭和三三年一一月二五日現在の原告の簿外資産と認定したものを原告の経理に繰入れるよう指示したのに対し、原告がこれを(株主総会の承認決議を経て)実行したこと、以上である。

(イ)まず(1)の点について判断すると、西野が、従来の個人営業を全部原告に引継いだことを認めることのできる証拠はなく、かえつて、証人青山清治、堂本厳、安江伍郎、平野昌昭の各証言及び原告代表者本人尋問の結果を総合すると、西野は、原告にその営業の全部を引続いだものではなく、原告会社設立後も昭和三二年頃までは、従前の個人営業の一部を原告の営業と併行して個人で営んでいたことが認められる。(ロ)、(2)の点についての被告主張の事実は、当事者間に争いがないか、または原告において明らかに争わないところである。(ハ)、また証人平野昌昭、堂本厳の各証言及び原告代表者本人尋問の結果によると、原告会社設立後は原告の営業と西野個人の営業が併存し、更に原告は、昭和二八年から休業して、その営業設備の全部を西野の被用者であつた堂本厳名義に賃貸し、同人名義で南北製材所という名称の同種営業が昭和三二年まで続けられ、その間右三事業主体の営業活動の区分やその個々の資産の購入資金がそのいずれの営業主体から支出されたものであるかが不明確であつたり、原告の架空名義の取引先及びいわゆる裏勘定があつたりなどして、西税務署長が原告の簿外資産を認定してした前記五事業年度についての再更正処分及び更正処分に対しては、原告は積極的に争わなかつたこと、(ニ)、原告は本件山林についての森林組合の賦課金一万円余、植林苗代一万円を支押つていること、(ホ)、原告の従業員の安江伍郎が西野の指示によつて本件山林の管理に当つていたことが認められる。

しかしながら、他面、証人柴原昭義の証言及び原告代表者本人尋問の結果によると、西税務署長のした前記五事業年度に関する調査に際して、西野が調査担当の柴原昭義に対し本件山林は西野個人の所有である旨主張していたことが認められるばかりでなく、原告代表者本人尋問の結果により原本の存在及び成立が認められる甲第四号証、証人青山清治の証言及び原告代表者本人尋問の結果によると、西野が青山清治とともに代金四〇〇万円(各二〇〇万円ずつ)を支出して昭和二七年一一月一四日山根民弥との間で本件山林及び立木を買受ける旨の契約を締結し、西野及び青山共有名義に本件山林の所有権移転登記を経由したことが認められる。そして、前記(ロ)から(ホ)までの事実をもつて、原告の租税債務回避の目的をもつて、原告つまり原告代表者たる西野が、西野個人の名義を用いて右売買契約を締結したものと認めるには、未だ下十分であるといわざるを得ない。証人柴原昭義の証言によると、同人が調査に際し本件山林を原告の所有と認めた根拠は、その買入資金が西野個人から出たか原告の裏勘定から出たかを区分できなかつたからというに止どまり、右証言をもつて本件山林が原告の所有であることを認めるには足りない。

三、そうすると、原告が本件山林を西野に譲渡するということはありえず、原告が帳簿上本件山林一〇〇万円とその見合勘定である借人金一〇〇万円とを消除したのは、単なる帳簿操作にすぎないというべきである。したがつて、西税務署長がした本件更正処分のうち、係争年度において原告が本件山林の譲渡益による所得を有したと認定してした部分は、その余の点について判断するまでもなく、違法であつて、取消しを免れない。

(昭和三八年六月一五日大蔵省令第三三号により、原告の本店が所在する大阪市大正区を管轄する税務署が西税務署から港税務署に変更され、現在被告が本件につき当事者適格を有する。)

よつて原告の本訴請求は全部理由があるからこれを認容し、民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 高橋欣一 裁判官 石井一正)

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